« インフル親子。 | Main | 秋晴れドライブ。 »

October 27, 2007

大切なものってなんだろう。

今日はちょっと芸能ネタを。

私って芸能ネタにとっても疎いのです。
友達と話していると、よくそう思う。
テレビを見ていてもそこだけ耳に入ってきていない?
そんな感じ。流し見をしているのかな。

それでもここ1年くらいの間に、これらは、自分達にも
置き換えられる出来事なのではないかな~と思う事が
多いので。ちょっと書いてみます。タラタラいきます。

見ていてというか聞いていて思う事、それは
大切なものってなんだろう、ということ。

たとえば、モ娘の世界では次々に不祥事や
妊娠・結婚・脱退などが続いたけれど、
あれは彼女たち個人にとって「モ娘でいること」
が、1番ダイジなことではなくなったんだろうな~という事。
1番ダイジなことが「モ娘」でいることという自覚が
あれば、タバコを吸ったり計画ナシに妊娠したりしないよね。
※変なキーワード検索でたどり着いてほしくないので略しました。
  一時期爆発的な人気を持ったアイドルグループの集団です。

優先順位が変わった、ということなんだろうな~と思う。

この「1番ダイジなこと」を、「一番幸せなこと」に置き換えると
よくわかるんじゃないかな。自分にとっての最優先すること。

恋って、落ちてしまう時はしょうがないんだけど、
落ちてしまって周りが見えなくなるときって自分も見えてない。
好きな人と同じ気持ちになれて幸せで楽しくて、
ただそれだけでパワーがみなぎってきて怖いものがなくなる。

見えているものは、実はとても狭い部分だけで、だけど
心はとても広くなっていて、なんにも怖くなくなる。

そして、年齢が若いと本当に突っ走れる。
それはそれでいいと思うのだけど、仕事なんかしていると
恋だけに集中する事が不可能な時間帯や、思考を切り替え
なくてはいけない現実っていうものがある。で、たいていの人は
その切り替えが自然とできて、乗り越えられる。

乗り越えられるから、恋の時間もとても楽しく過ごせる。

乗り越えられなかった人、切り替えられなかった人が、
いわゆる不祥事と言われる事件を起こすのだと思いました。

でもそもそも本人たちがその事を「不祥事」と思って
いなければ、それはそれで幸せなんだろうな~。
周りの人に迷惑をかけるけれど、それでも見放されずに
見守ってもらえるかどうか、それが人間の力量なのだと思う。

お相撲の世界では、もっとすごいことが起きている。
仮病だったり、暴力だったり、死んでしまったり。

あのモンゴルへ帰ってしまった横綱は、最初にしたかったこと
(ヒデも参加のサッカーの試合)がこんなにオオゴトになるとは
思っていなかったと思う。でもなってしまった。

彼に見えていなかったものは、まさに自分。

足腰が痛い、というのは、そりゃそうだろうと思う。
あんなに太っていて(それが仕事だし)、身体1つが武器っていう
毎日なのだし、訓練も体力維持も大変だろうし。

あの事件は確かに「仮病」と言われても仕方ない。
誰が見てもそう思うのだろう。でも本当はどうだったのかな。

その、「本当はどうだったのかな」の部分は、本人にしか
わからないだろう。説明義務、私はないと思う。世間に対しては。
でも、もし彼が会社員だったら「あなたは仮病で休みましたね?」
と問われたら、「はい」もしくは「いいえ」で答えなければ済まないし、
言い訳もあると思う。もし会社に残りたければ残れる方向の言い訳。
こんな会社、やめてもいいや、と思えばそれなりの言葉。

また、それを知った友達なんかに「どうしてそんなことしちゃったの?」
と聞かれて、相手がこれからも大切にしたい友達なら
「実はさぁ。。」なんて説明もするだろう。
相手がどうでもいい友達なら「いや、別に・・・」とモゴモゴすれば
いいのです。ではなぜそういう展開にならないのか。考えてみた。

まず、彼がだんまりを決めていること。
あれは完全にマスコミのせい。
次に親方が彼より立場が下になってしまっていること。
彼が親方の過去の実績を超えてしまい、親方でさえ彼に対して
強気になれないこと。そして彼自身が自分を過大評価していること。

その「過大評価している」ことが原因で、彼も1番大切な事が
見えなくなっているような気がする。
彼にとって1番大切な事は、引き続きお相撲をとることのはず。
相撲を続けられる環境を維持する事だろう、と思うのは私だけ?

でもその環境を維持する事を、大切にしていないよね。
自分を守ることが、今一番ダイジなことになっちゃった。
世間に自分の姿をさらけ出さない事が、優先になっちゃった。

本当にお相撲が好きなら、条件を整えて環境を戻して、
誰になんて言われようが、続けるでしょう?
雲隠れしないで、モンゴルなんかに引っ込まないで
日本の、毎日稽古ができてお相撲が出来る日常で
暮らすことを選択するよね。

そういう意味で、日本のマスコミって本当に邪魔。
インタビュアーは自分のことを差し置いて相手を攻撃し、
本当の病気にまでさせて、誰も責任取らない。
無責任な会見、質問ばかり。聞きたいのはわかるけど、
聞かれている人は一体誰の為に生きているんだろう~、
どうしたらこの場から逃げる事が出来るんだろう~と思って
しまうのではないかな、と思う。

政治家は別。政治家の不祥事はとことん追求してほしい。
だって税金でお仕事しているんだもん。私たちに説明責任、
あります。でもお相撲さんや芸能人は、国民に対しての
説明責任、ありません。責任なんて自分の立場範囲ないに
しか存在しない。本来それでいいはず。

そして最後に、今もっとも世間をにぎわしているのは・・・
そう、ボクシングのK田親子。

反則は、もちろんいけないこと。いけないことだから「反則」と
いうのです。それはあの次男だって知っている。
まぁ試合はいい。もう起きてしまったことだし。

昨日の長男の会見を見て、私は思った。
ああ、この子には大切なものがわかっているんだ。って。
彼にとって大切な事はたったの二つ。
自分の家族を守ること。特に父親。自分の弟については
年齢が近いぶん、心配も少ないと思う。

そして、もうひとつがこれからもボクシングを続けること。

その二つを、昨日の会見で可能にした。と思う。

敬語もしっかりできた。なぜ敬語で話せたかというと、
上の二つを守るため。上の二つを守れるのなら、
彼にとって敬語で話す事や頭を下げて謝ることや、
攻撃されて言い返さないことも平気だったと思う。

辛かったけど、平気だったと思う。
できれば、お父さんにもその感覚を持っていてほしかった。

でも、お父さんにとって一番ダイジなことは言い訳をしないこと
だった。与えられたチャンス(二度目の謝罪会見)を断ってでも、
自分が謝らないことを選んだ。彼が守りたかったのはまさに
プライドなのだろう。それってどんなプライド?とは思うけど。
そして彼は謝らなくてはいけない世界から身を引いた。

「言い訳」ってなんだろう。大人の世界では「言い訳」って、
後ろめたい時人から「なぜ?」と問われたりして答える事。
子供の世界では怒られない為の知恵。
今回のことでは「反則の指示をしたか?」がまず最初の問い。
それには「した」もしくは「しない」で答えるべき。

最初の会見でお父さんは「していない」と答えた。
試合映像にはっきりと「している」ところが写っていたけど、
下を向いたまま、「していない」と答えた。

その後記者が求めているのは、証言を「しました」と変えること。

そしてそこから「あの時していないと言いましたね?」
と責める事。プラス、「なぜそんなことをしたのか」と責める事。

お父さんに唯一見えていたのは、その構図。
その構図が見えていたから、二度目の謝罪会見には
どーーしても出たくなかった。そんな事になったらキレてしまう
自分を知っていたから。それはまずい。息子たちがボクシングを
続けられなくなる、と思ったのか思わなかったのかはわからないけど、
とにかくキレてしまう自分を抑える事ができない、と想像したのだろう。
(あくまでも私の想像です。)

そして、長男に全てを託した。自分にできないことを、
長男に期待して、一人で会見に向かわせた。
その判断が正しかったかどうかは、少し疑問。
でも、それは親子間でもめるなり、納得するなりすればいい。

とにかく長男はやりきった。乗り越えた。

私が違和感を感じたのはひとつだけでした。
記者が「反則を指示したかどうか、答えろ」と攻め寄った時、
「言い訳はしません」と言い通したけれど、
彼は「YES」も言い訳と捕らえているのか?
まぁ父親がそうなのだから、仕方がない、そのことはこれから
彼の人生のなかで自然と正されていくであろう間違いだし。

まだ20歳で、あれを乗り越えたのはよくやったと思う。
評価できると思う。内藤さんにも伝わったみたいだし。

長男がお父さんのことを聞かれて「感謝している」と発言
した時、私もウルっときた。大切なものを守る人の姿って、
心打たれる。大切なものがわかっているっていうことが
他のどんなことよりも、私の心に響いた。

そしてあのジムの会長も実はできるオトコなのかも。
彼に見えていたものはマスコミ。そして守るべきものは
自分のジム。自分の仕事。

そもそも、あの2度目の謝罪会見は、誰に対してのもの?
と保子に聞かれたので「世間」と答えた。
答えたけれど、世間って果たして2度目の謝罪を求めて
いるの?というのが私の最大の疑問。

求めているのは記者でしょう?「しました」と言わせて、
「ウソをつきましたね!」とか「どうしてそんなことをしたの?」
と責めたいだけでしょう?
ということが会長にはわかっていた。だから2度目の記者会見を
お父さんに求めた。断られたけど。
長男が来てくれて一番助かったのは会長本人。
つまり、あの会見を1番求めていたのは会長本人。

マスコミの心もある程度満たしたし、長男が立派に謝ったし。
これで一安心ってところじゃないだろうか。

でも、マスコミさんたち、勘違いはしないでほしい。
「世間」=「マスコミ」ではありません。興味がない人もいます。
自宅の玄関前で7歳の娘がナニモノかに刺されて殺されてしまった、
その事の方がどれだけ「世間」にとって大切な出来事か、
知ってください。テレビで延々と流すなら、スポーツ選手や芸能人の
失敗や不幸よりも、まさに地道に暮らしている人達に降りかかってきた
自分達だけでは解決が困難な事件や事故などに、もっと協力してください。

そういうことに、マスコミの力を発揮してください。
人の役に立つ事をしてください。人を救ってください。それが
仕事だと思ってほしい。人をおとしめるのではなく、救う事。

・・・と、なんだか本当にタラタラ書きました。

私たちも大切なものやダイジな事ができるだけしっかり
自分の中でハッキリしている毎日を送るといいと思う。
そうすると自然と「悩み」って減る事が最近わかった。
悩みが発生する時は、たいてい目の前の事だけを
見えているように捉えてしまう時が多いのではないかな、と思う。

物事って、見えていることと大きく意味が違っていることが多い。
時間が経つと、あれ、あの出来事ってこういう事だったのか!と
ピンとくることがあるけれど、それがそうなんじゃないかと思う。

「見え方」ってその時の気持ちに左右されるから、苦しかったり、
そうでもなかったり、と捉え方は様々。

でもその時、自分にとっての大切なものがわかっていると、
気持ちが落ち着いているわけだから、見え方がいい方向に
作用して、悩まなくなったりできるんじゃないかなと思うのです。

弱さや強さもそう。大切なものが見えていると「強くいられる」
時間が多いと思う。そして大切なものを確保・維持できるように
暮らしていけるようになる。それが私にとって30代のテーマだった。

その30代がもうすぐ終わる。もうすぐ。。。嗚呼。。。
でも年齢ってただの数字だしね。
体力や思考能力や記憶力の衰えには本当に驚くけれど、
人生の折り返し地点という画期的時期であるわけだから、
これからの半生は、外から自分を見て楽しんだりしたい。

前半よりも苦しい事は明らか。だからなおさら知っておきたい、
「大切なもの」「ダイジなこと」なのです。では、また。

Dsc01849

|

« インフル親子。 | Main | 秋晴れドライブ。 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« インフル親子。 | Main | 秋晴れドライブ。 »